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千葉地方裁判所 昭和49年(タ)26号 判決

原告 松山憲司こと 曺憲司

右訴訟代理人弁護士 大河内躬恒

被告 千葉地方検察庁検察官

右検事正 富田康次

右検事 瓜島喜一郎

主文

原告と国籍及び本籍韓国鎮海市南門洞八五三番地の一二亡曺洪伊との間に親子関係の存在しないことを確認する。

訴訟費用は国庫の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告は、戸籍上、国籍及び本籍をいずれも原告肩書のとおりとする訴外亡曺洪伊と訴外金丁の嫡出子と記載されている。

(二)  原告は、曺洪伊と親子関係がない。右の戸籍の記載は、次のとおりの事情に基づく。

(1) 訴外韓昌淑は、昭和二一年二月ころ、船橋市本町所在の天沼病院前で、生後約二か月の男の棄児を拾った。

(2) 韓は、自ら右棄児を養育できず、拾って約一週間後に、曺洪伊・金丁の夫婦が右棄児を貰い受けた。

(3) 右夫婦は、右棄児を松山憲司と命名し、以後同人を養育した。右棄児が原告である。

(4) 曺洪伊は、一九六〇年九月一九日、本籍地を所管する戸籍吏に対し、右棄児が曺洪伊・金丁間に一九四六年七月二〇日に出生した旨の届出をした。

(三)  曺洪伊は、一九六一年一〇月三〇日死亡した。

(四)  申立人を金丁、相手方を原告とする東京家庭裁判所昭和四七年(家イ)第四、五九六号親子関係不存在確認申立事件につき、同裁判所は、昭和四七年一一月一八日、金丁と原告との間に親子関係が存在しないことを確認する旨の審判をし、同審判は、同年一二月七日確定した。

よって、原告は、被告に対し、原告と曺洪伊との間に親子関係の存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  (一)、(三)及び(四)の事実は認める。

(二)  (二)の事実は知らない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  裁判管轄権について

渉外親子関係存否確認請求事件の裁判管轄権は、特別の事情のない限り、被告の住所地の存する国の裁判所が有する。しかし、本件のように、訴訟の対象が死者との間の親子関係の存否であり、検察官が法の規定により被告になる場合には、右の原則は、実質的な訴訟の防御者である死者を被告と解してその適用を考えるべきである。死者には住所がない。そうすると、そのような場合には、死者の最後の住所により右の原則の適用を考えるべきか、それとも特別の事情があるとして訴訟の攻撃者である原告の住所の存する国の裁判所に裁判管轄権を認めるべきかが問題となる。第三の選択肢はないと解する。≪証拠省略≫によれば、曺洪伊の最後の住所地が船橋市本町一丁目五番四号であると認めることができ、≪証拠省略≫によれば、原告の住所地が右同所であると認めることができる。そうすると、右の原則の適用をどう考えても、右住所地の存する我が国の裁判所に裁判管轄権があることになる。

二  管轄等について

裁判管轄権が我が国にある以上、我が国のどの裁判所が事件につき管轄を有するかは、我が国の国内法により定まる。その方式及び趣旨により韓国の公務員が職務上作成したと認められるから民事訴訟法三二三条一項の準用により真正に成立したと推定される甲第三号証によれば、曺洪伊が、一九六一年一〇月三〇日死亡した事実を認めることができ、その最後の住所は前記認定のとおりであるから、原告は、当裁判所を管轄裁判所として、被告に対し、曺洪伊との間に親子関係の存在しないことの確認を求めるため本訴を提起できる。なお、被告に被告適格があるかどうかについては、準拠法が定まらなければ解決しないが、準拠法としては、後記のとおり日本法が適用となるから、結局被告が被告適格を有することとなる。

三  準拠法について

渉外親子関係存否確認請求事件の準拠法については、法例一七条が適用になる。しかし、≪証拠省略≫によれば、原告と原告の母とされる金丁との間に原告主張のとおり親子関係不存在確認の審判がなされた事実を認めることができ、≪証拠省略≫によれば、右審判が原告主張のとおり確定した事実を認めることができる。右事実のほか、さらに、後記認定の事実に照らせば、原告と金丁との間に親子関係が存在しないというべきであり、また、原告には他に母と考えられる特定の人がなく、結局原告の母は不明であることになり、法例一七条によっては、本件の準拠法が定まらないことになる。

そうすると、このような場合に、準拠法として、父とされる曺洪伊の本国法と原告の本国法とのいずれが適用になるかが問題となる。前記甲第三号証によれば、曺洪伊が韓国籍を有する事実を認めることができ、もし父の本国法を準拠法とすれば、前記認定のとおり曺洪伊が一九六一年一〇月三〇日死亡し、後記認定の事実に照らして原告が曺洪伊との親子関係の不存在を遅くとも原告と金丁との親子関係不存在確認審判確定の日である昭和四七年一二月七日までには知っていたと認められる本件においては、そのいずれからも一年以上経過して本件訴が提起されたので、大韓民国民法八六二条、八六五条により、既にこの点で親子関係不存在の確認を求めることが許されないことになるのではないかと考えられる。しかし、後記認定のとおり、原告と曺洪伊とが親子ではないという事実の認められる本件において、期間の経過により法律関係としての親子関係の不存在の確認の請求ができなくなるとの結論は、それが原告の本国法に従ってもやむをえない結論であれば、公序良俗違反とするほどのことはないとしても、準拠法として、そのような結論を余儀なくされる父の本国法が適用になると解するには躊躇を覚えざるをえない。このような場合には、条理上、原告の本国法を準拠法と解すべきである。

後記認定のとおり、原告は、船橋市本町において、未だ首の座らない時に棄児として発見されたのであり、右事実に照らせば、原告は、日本で生まれたと推認できる。右推認を覆えすに足りる事実は窺われない。さらに、後記認定の事実に照らせば、原告には父と考えられる特定の人がなく、原告の父は不明であるというべきである。原告の母が不明であることは前記のとおりである。そうすると、原告は、出生により、国籍法二条四号に基づき、日本国籍を取得したことになる。原告は、後記のとおり、その後韓国において戸籍を有することになるが、これが原告の志望によるものと認めるに足りる証拠はないから、これによっても原告は日本国籍を喪失せず、他に原告の日本国籍の喪失を窺うに足りる事情はない。

そうすると、仮に原告が右戸籍の存在により韓国籍を有したとしても、原告の本国法は日本法ということになる。

四  確認の利益について

前記甲第三号証によれば、原告が、一九六〇年九月一九日の申告により、韓国の戸籍上、国籍及び本籍をいずれも原告肩書のとおりとする曺洪伊と金丁の嫡出子と記載された事実を認めることができるが、右甲号証によれば、その後、一九七二年一二月七日の前記審判の確定に基づき、一九七三年九月二五日、金丁の申請により、右戸籍の記載が抹消された事実を認めることができる。そうすると、原告主張の戸籍の記載により本件につき確認の利益を認めることはできない。

しかし、≪証拠省略≫によれば、原告は、現在、日本に戸籍を有さず、韓国人とし、韓国における住居を慶尚南道昌原郡熊川面南門星として、外国人登録法による登録をし、その証明書の交付を受け、これを携帯して日常生活をおくっている事実を認めることができる。外国人としての法律の規制を事実上受けている場合には、その規制を逸脱した場合に法律上の不利益を受けるおそれがあり、そのような不利益を除去することは、法律上の利益というべきである。前記金丁との間の親子関係不存在確認の審判の確定に続いて、本件により曺洪伊との間の親子関係の不存在が確認されれば、他に原告が外国人であることを窺う事情のない本件においては、原告が外国人である根拠はなくなるから、所定の手続により、原告の受けている外国人としての規制を免れ法律上の不利益を受けるおそれを除去することができる。そうすると、原告は、曺洪伊との間の親子関係不存在の確認を訴求する法律上の利益を有する。

五  曺洪伊との親子関係について

≪証拠省略≫を総合すれば、次のとおりの事実を認めることができる。

韓昌淑は、昭和二一年春ころ、船橋市海神に居住していたが、そのころ、近所の天沼病院の前を通りかかったところ、一人の棄児を囲んで人だかりがしているのに遭遇した。韓は、その棄児を拾い、自宅に連れて帰った。その棄児は、生後二・三か月の男児で、首がまだ座っておらず、痩せて栄養失調気味でありその父母は、全く不明であった。韓は、その棄児の養育を試みたが、自らも戦災により手に火傷を負っていることもあり、一週間ほどで養育を断念せざるをえなくなった。韓の知人の金丁は、当時夫である曺洪伊及び金と曺との間に出生した嫡出子である曺日順と共に、原告肩書住所地に居住していたが、曺日順が弟を欲しがったこともあり、韓からの相談を受けてその棄児を貰い受け、養育を始めた。曺洪伊は、当初、その棄児の栄養状態の悪さのため、養育の断念を金に勧めたが、その後は、自分達が使っていた日本名である松山という姓に、憲司という名をつけ、これを曺洪伊と金丁の間に出生した嫡出子として養育するようになった。原告は、こうして、曺洪伊と金丁の嫡出子として養育されたが、中学生時代から近隣の噂等で自分が曺洪伊と金丁の子でないと知るようになった。そうしている内、昭和三五年になり、曺洪伊が、単身韓国にわたり、誰にも何の了解もえないまま、前記認定のとおり原告を曺洪伊と金丁の嫡出子として申告し、韓国の戸籍上その旨の記載がなされた。原告は、成人して韓国籍を離れて日本国籍を取得したいと願うようになり、金丁と相談して、金を申立人、原告を相手方として、右のような事実主張をして東京家庭裁判所に前記親子関係不存在確認申立事件を提起させた。

≪証拠省略≫中金丁が韓と共に天沼病院に棄児を貰いに行ったとの部分は、≪証拠省略≫に照らして採用しない。他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、原告と曺洪伊との間には親子関係は存在しないというべきである。

六  結論

そうすると、原告の本訴請求は正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、人事訴訟手続法一七条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 江田五月)

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